何げない平和な暮らしの尊さを作品にしてきた映画作家の 大林宣彦監督と一緒に2021年2月21日、福島県立保原高校を尋ね、「がれきに花を咲かせようプロジェクト」を激励しました。
大林監督の特別講義は歴史に残る、感動的なものでした(※下記参照)。
目をきらきらさせながら聞き入った生徒たちは、「花がれき」が世界との絆の結び直しであり、希望と命をつなげる表現なのだと大いに気づかされ、生きる元気をもらったようでした。

新聞記事はこちら↓
福島民報朝刊(2012年3月8日)

【大林宣彦監督の特別講義】

P1040786.JPG 皆さん、こんにちは。大林宣彦と申します。

被災地のみんなの声や様子がテレビや新聞で伝わってきました。
南相馬のある高校生が「これまで僕たちは一生懸命とか頑張る、という言葉を使いませんでした、ださいし恥ずかしいし。だけれどもこれからは一生懸命に頑張って故郷を復興します」と話していました。
自然災害に対してとても小さな人間がこの広い宇宙でどうやって生きていくかを考えさせられました。
そういう意味で高校生らしい、いいコメントを聞きましてね。

保原高校のみんなが花を描き始めたことを番匠あつみ先生から聞きましてね。がれきの中に花が咲いた、その命がとっても素敵だと思ったんでね。
それはとても大事なことでね、人間も自然の一部です。だからみんながこうして桜の花を咲かせているということは、みんなの命がどんどん咲いていくことですね。

▽欠片
こういう話を知っているでしょ。丸い形をして、口のところが欠けている、その欠片を探して旅をするんです。自分が欠けているから。いろんな所を旅する と、欠けているところに虫が止まったり、花と話をしたりするんだけれど、最後に欠片を見つけてすぽんとはまると、まん丸になっちゃう。
さあ、これで完璧だと喜んでいたら、まん丸になっちゃったために転がっちゃって、飛んできた虫とも花とも話が出来ない。で、反省して、自分は不完全だけ れど、欠けていたからいろんな話ができた。ということで欠けた形にもどって、幸せに自分らしく生きていこうという物語があって(※シェル・シルヴァスタイ ン著「ぼくを探しに」)。

がれきは欠片です。不完全な物。だけど、みんなが絵を描いていると、そのがれきの向こうに有った、欠けてしまった物に目が覚めるわけね。だから、世界とつながっていく。
思えば人間も不完全なものだから、完璧になると考えるよりは、手を伸ばしていけば、周りのいろんな不完全なものに寄り添っていけば、きっと温かい思い、つながりができるのではないでしょうか。

がれきは、大人の社会でいえば、壊れてしまったクズです。ゴミです。捨ててしまえばいい物。
復興するということは、がれきが無くなってきれいになることだと大人は思っています。でも、それは間違いなんだね。がれきは、この災害の記憶でもあるよ ね。それは痛ましい、つらい悲しい記憶ではあるんだけれど、そのがれきにみんなが一生懸命に花を咲かせるということはね、生きていく希望や勇気につながる ということだね。
そのがれきを忘れないことが、本当の復興になります。

▽崩れた家
ぼくが作った映画(※「この空の花」)の舞台となった新潟県は、2004年の中越地震で大きな被害がありました。今行って見ると、崩れた家がそのまま残っているのね。
これは変なの。普通だったら、そういう壊れた物を全部片付けるのが復興なんだけれど、壊れて崩れた家がそのまま残されている。
なぜかは、皆なら分かるね。そこのお年寄りが言いました。「これを片付けてきれいな復興をしてしまうと、あの時、周りの人から頂いたパン一切れとかおせ んべい一枚のありがたさを忘れてしまう。そういう感謝の気持ちと、辛かったから周りの人たちと思いやった、そういう気持ちを忘れてしまうと、それは復興で はありません」

家や道路がきれいになっただけでは復興ではなくて、人間としては堕落です。
私たちはあの時の苦しみや、全国の皆さんが寄せて下さった気持ちを忘れないで、二度とこんな悲しい目に遭わないで賢くなって、世界中の支援してくれた人 にちゃんとお返しできるようにこの街を復興しようと思って、崩れた家をそのまま残しています、と。あそこの壊れたあの家の下でおばあさんが死んだんです よ、と言ってね。そしてそのまま写真を撮って名刺に張って、それを忘れないと。
これは賢い、と僕は思ったね。

がれきに花を咲かせる、というのもそういうことです。がれきに花を咲かせて、これが残されていくことで自然災害というものの恐ろしさと同時に、われわれ 小さな人間も一生懸命に花を咲かせようということが復興につながるし、がまんや人に対する感謝やそういう気持ちを忘れないで、賢い人間として広い宇宙の中 で暮らしていく知恵につながる。
とっても賢い、素敵な未来を目指してくれて、それを見てとっても感動しています。

▽アリと草
阪神淡路大震災の時もたくさんの方が亡くなりました。その時に会った地震の科学者が「僕は地震の科学者だけれど、人を救うことができなかった」と言いました。
しかし、ある時、ご飯を炊くのに釜の水を流して、そこに蟻塚があって、アリが溺れて大変な災害になったというんです。「僕は人間を救うことはできないけ れど、アリを救うことはできる」と思った。不注意でお釜の水を流さなければ、アリが災害に遭わなかったと。「よしこれからは、道を歩くときもアリ一匹踏ま ないで過ごそう」と。そうやってアリの幸せを一生懸命に守っていったら、いつかこのアリが人間を救ってくれるかもしれないと。その先生はそう思ったって。

1990年に長崎県の雲仙岳が噴火して、ふもとの街が埋まってしまいました。そこではがれきがいっぱい転がっていて。
山を案内してくれた人が、不思議な歩き方をしてね。よく見ると、草を踏まないように歩いている。「草を踏みませんね」と聞いたら、「そうなんです。あの 雲仙の上の方は緑があるでしょ。あれは草が生えていて、そこにがれきがいっぱいあって、草が生えていなかったらがれきが全部崩れて、私たちの町は埋まって しまう。草が生えてくれるおかげで、がれきをせき止めてくれる。だから草は恩人です」と。
草が自分たちの命を救ってくれるから、私も草を一本も踏まないで歩くようにしています、と言うんです。
アリを助けていれば人間が救われる、草を一本も踏まないようにしていけば村が助かる、街が助かる。宇宙はそうやってめぐりめぐっているのね。いろんな生き物が集まって、お互いに助け合って生きているのね。

▽あきらめるなよ
皆さんも大変な災害に遭ったけれど、その中でちゃんと咲く花の一輪や、がれきに過ぎない、早く片付けてしまいたい忘れたいこの欠片を、みんなが大事にし てそこに花を咲かせるというのは、きっと素敵な自然や宇宙とのつながりを、結びつきをつくっているんです。そういう結びつきの輪の中にいれば人間も自然の 輪に守られることになるでしょう。

そういう学びが、人間として一番大事なこと。それを皆さんはやっている。期末試験の課題とは全く違うことをやっているように見えるけれど、人間としてどんどん賢くなっている皆さんだから、期末試験はきっと良い成績をとれるだろうな。
そしてきっとすばらしい人間として、これからの未来をもっともっと素敵な日本にしてくれるだろうと思います。

大人がつくってきた社会は、いいところもあるけれど、駄目なところもいっぱいあると思う。南相馬の少年が言っていたように「一生懸命とか頑張る、とか 言ってもしょうがない。一生懸命にやってあんな政治家になってもあんな経済家になっても、人生面白くなさそうだから軽く緩く生きていればいい」と思うこと があるかもしれない
それじゃあ、誰が損するかというと、君たちが損する。そういう大人はいなくなるんだから。

▽おれも手伝うから
君が、あの大人がやっていることは駄目だと思ったら、絶望しないで君がいい大人になればいいんだ。もうすぐ君たちは大人になるんだから。君たちがこの時代を作るんだから。駄目な世の中だ、夢も希望もないなんてあきらめるなよ。
君たちが夢と希望を実現すればいい。そうしたらすばらしい世界をつくれるぜ。

戦争が好きなやつなんていないだろう。大人の中には戦争を必要としている人もいる。そういう大人になるなよ。
戦争なんか無い世界をつくりたいと思うなら、そのまま大人になりなさい。そういう世界を作れるから。すげえぞ。君が理想とする社会をつくれるんだ。おれも手伝うから。
そういう夢と希望のすばらしさを君たちから、ぼくが学びました。